中山道歩き旅 第六回 北本から吹上 その②

その①の続き。

勝願寺を後にして、中山道に戻ります。

本日のお昼ごはんは、鴻巣名物川幅うどん。

老舗のうどん屋、長木屋さんでいただきます。

緊急事態宣言もあけて、アルコールも解禁です。

まずは、ビールで喉を潤します。

お通しの たこわさが絶品でした。

ビールがすすみます。

メインは勿論、川幅うどんです。

いただいたのは、川幅彩うどん。

暖かいうどんを選択、味も染みて美味しいです。

うどんの幅は、これくらい。

見た目より、食べやすいですね。

前回の上尾でいただいた武蔵野うどんとは、異なりますが味は、確かです。

埼玉は、うどん県ですね。

食事を終えて外に出ると、小雨が降っていました。

思いの外ビールを飲みすぎてしまい、雨に気持ちが折られそうになります。

このまま電車で帰えろうかとも迷いましたが、気を取り直し、頑張って歩く事に決めました。

お次の目的地は、法要寺。

勝願寺は、徳川家の葵紋でしたか、此方は、加賀前田百万石の梅鉢紋を観ることができます。

前田家が参勤交代の際に泊まる宿は、勝願寺だったようですが、ある事により反感を買い、その日の宿泊を断られてしまいます。

困っていたところ、法要寺が宿として使用させてくれたそうです。

前田家は、お礼に梅鉢紋の使用を許したとの事。

門や本堂の屋根瓦に梅鉢紋が今でも輝いています。

徳川に前田、中山道の宿場には、今でも歴史が色濃く残ります。

中山道沿いには、当時を偲ばせる建物も健在。

鴻巣宿の案内板、先程見た物とは、異なります。

歩く先に立派な神社が見えます。

鴻巣宿総鎮守、鴻神社です。

境内では、お宮参りや七五三でとても賑やかでした。

さらに進むと中山道は、左に折れます。

道標もありますので分かりやすいです。

踏み切りを渡ります。

ここら辺りからだんだんと歩道は、なくなります。

しかし、車通りが激しくなりますので注意しながら歩きます。

次に立ち寄ったのは、中山道から少しそれた所にある古刹、光徳寺。

天長二年に示寂した開祖、源楽上人の石碑が立っています。

天長二年は、西暦825年、平安時代です。

ここら辺りは、かつては、箕田村と呼ばれ、嵯峨源氏縁の箕田源氏発祥の地とされています。

とても古くから人々が土着した、歴史がある地域です。

少し歩くと、箕田観世音。

正式名称は、吹張山平等院といいます。

永延元年西暦987年に渡辺綱が開基したと伝えられています。

源氏ゆかりの仏閣が続きます。

宝持寺は、渡辺綱が祖父の源仕、父の源宛の菩提を弔う為に建立したお寺です。

十八羅漢石仏。

全国渡辺会の碑。

渡辺の祖は、渡辺綱とされているそうで、それにちなんだ碑です。

お隣に鎮座するのは、氷川八幡神社

此方の辺りは、嵯峨源氏の流れをくむ、箕田源氏発祥の地であり、その由来を記した、箕田碑があります。

裏側には、芭蕉の句が刻まれています。

氷川八幡を後に、車に注意しながら中山道を進みます。

通りには、所々に庚申塔や馬頭観世音がありました。

歩き続けると、祠が道端にあります。

ここは、箕田の追分、箕田の追分地蔵と呼ばれる、お地蔵様がいらっしゃいます。

追分とは、分かれ道の事。

箕田の追分では、中山道から忍(行田)や館林道が分かれます。

追分を過ぎると庚申塔がありました。

電柱には、中山道の道筋を示す案内シール。

こういうの、大変助かります。 歩き続けると案内石碑が立っていました。

英泉がここら辺りの景色を鴻巣宿として描いたようです。

今は、こんな感じ。

本日は、雲がどんより、富士山は、見られずです。

この辺りは、かつての前砂村。

少し歩くと、一里塚跡の碑がありました。

日本橋から十三里です。

中山道は、左に入ります。

ここら辺りも道順が少し分かりづらいのですが、案内シールがあり、大変助かります。

案内シールに導かれながら歩くと祠があります。

説明を読むと古くからこの土地に伝わる言い伝えみたいですね。

再び、シールに導かれ歩きます。

暫くすると、本日のゴール吹上駅到着です。

今回も楽しく歩けた中山道旅でした。